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カテゴリ:まじめな考え事  

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    [ 2010-02-03 17:50 ]
  • 「薄く広く」か、「狭く厚く」か
    [ 2010-01-26 13:18 ]
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    [ 2009-11-21 03:12 ]
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    [ 2009-11-16 19:15 ]
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    [ 2009-11-04 20:16 ]
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    [ 2009-10-12 20:54 ]
  • Japan cool 臼井氏の逝去によせて
    [ 2009-09-21 19:58 ]

分けることばっか?  

2010年 02月 03日


子ども手当て、税制改革(特に消費税)、年金、
失業保険、いわゆる派遣村、最低賃金など、
どれも「分配」に関わることですね。

また、
「事業仕分け」というのも、
国家予算をどこに振り向けるかという、
「配分」の問題。

(経済学的には、「分配」と「配分」は違うものなのだそうです。
 分配は成果を分けること。配分は資源を分けること。
 ここでは詳しくは論じませんが)

どっちにしても分けること。

限られた国民所得や、国家予算を、
どこに、どれだけ分けるか。

「もらえたほうが嬉しい人」
「やったほうがいいこと」

は、沢山あるにきまってますから、
それを全て賄うことは出来ません。

それでも、
「分ける」全体の量が増えていっている時期、
これからも増えそうだ、とみんなが思っている時期なら、
「そのうちこっちにも来るだろうし」
というような構え方も出来ます。

しかし、
もともとの全体の量が減っている、
あるいはこれから減り続けると予想されているとき、
「どう分けるか」について、
誰もが強い関心を持つようになります。
(しばしば、以上に強い関心を)

それで、
冒頭に並べたような、

>子ども手当て、税制改革(特に消費税)、年金、
>失業保険、いわゆる派遣村、最低賃金など、
さらには、
それを決める立場にいる人たちの不正について、

激しい議論・追及が起きることになり、
みんなが、
「あれも問題、これも問題」と、
頭を抱えることになります。

結局のところ、「配る」量が問題である以上、
これを解決するには、
経済成長によってそのモト、全体量を増やすしかありません。
だからこういうときにこそ、
 どうやって労働生産性を高めるか、
 どうやって労働需給のミスマッチを埋めるか、
 どうやって国際競争に挑むか、
 どうやって製品・サービスの魅力を高めるか、
という方策を考え、
その実践を急ぐべきなのです。

・・・が、
 人気を保ち続けないといけず、
 また、経済成長ということの原理を、
 お見受けするところあまりご存じでなく、
 さらに、当面の不満を分配によって解決したく、
 おまけに、自己利益を追及する圧力団体に支えられている、

政治家のみなさんにおかれましては、
「米百表」の精神を説くのは難しいのでしょうねぇ。



by albart29 | 2010-02-03 17:50 | まじめな考え事

「薄く広く」か、「狭く厚く」か  

2010年 01月 26日


最低賃金を1000円に引き上げよう、
という話しが出ているそうですね。
もともとは民主党の公約だとか。

仕事の内容にかかわらず、
支払われる賃金は「最低、これ以上」というルールですから、
その水準の影響は結構大きいはずです。

簡単に予想できる帰結として、

・最低賃金が低ければ、たくさんの人が安く働く
・最低賃金が高ければ、少しの人が高く働く

ということが起きるでしょう。
経営側から見れば、賃金が高いと多くの人を雇えなくなるからです。

これに関連して、「ワーキングプーア」、
直訳すれば「働く貧乏人」という言葉がありますね。

もしも最低賃金が、今よりもかなり高い水準になったとすると、
働いている人の所得は今よりも上がるのですから、
「ワーキングプーア」は減るでしょう。

しかし、働かない(働けない)人は増えるでしょう。
「働けない貧乏人」ですから、
「ノン・ワーキング・プーア」ということになるのでしょうか。

単純化した議論ではありますが、
雇用、すなわち働き口の数を増やしたいなら、
最低賃金は低いほうがいい、ということになります。

もちろんこれくらいのことは、
本格的にミクロ経済学を学んだ方は当然ご存じでしょうし、
政府の中にもそういう方が大勢いらっしゃるはずですから、
分かっていてそうしようというのでしょう。

でも、これ以上失業率を上げるような政策を、
打ってもいいんでしょうかね、現政権としては。

また、「格差」論からも考えることができます。

「薄く広く」分配されている状態は、
一般的に「格差が少ない」と認識されるでしょう。
「狭く厚く」分配されている状態は、
一般的に「格差が広がった」ものと認識されるでしょう。

高い最低賃金は、
それによって直接変化を受ける人たちの間で、
格差を拡大することになります。

格差を拡大するような政策を、
打ってもいいんでしょうかね、現政権としては。

by albart29 | 2010-01-26 13:18 | まじめな考え事

いきもの  

2009年 11月 21日


ヒトは生き物。
いまのところ。

生物の本質は再生産。
自己の複製を生産する。

子は親に似る。

その結果、より残りやすいものが残る。
これはトートロジー。反駁できない。

私たちの文明は、
火をてなづけ、
道具をつくり、
言語を獲得し、
農耕を発明し、
文字を生み出した。

この技術的状況は、
他の生き物とは全く違う、
生存の条件をつくりだした。

でもそれは、たかだか1万年のこと。

生き物の歴史40億年の、
たった、
0.00025%。

だからやっぱり生物の本質は塗り替えられない。

残しやすいものが残り、
ここまで残っている私たちは、
「残す」ということにきわめて特化した形質を持っている。

生き物である私たち。

生き物の原則からの逸脱を許すような、
この私たちの社会ではあるけれど、
やっぱりそれは、
生き物である私たちがつくっている。

社会のシステムのそこかしこに、
明文化されない行動規範のそこかしこに、
「残す」ことへの強烈な執着が観察される。

一方で、
文化的・情緒的存在である私たちの選択は、
しばしば、非常にしばしば、
この原則に対抗しようとする。

技術的状況はそれを許すことができる。
それだけ私たちの社会は、高い生産力をもっている。

だとしても。

外には原則に従った社会システムがあり、
その原則にそって思考し選好し行動する他の人がいる。
内には生物的存在である私自身がいて、
繰り返しその選択に異を唱える。唱え続ける。



過去の事実は変わらない。
今いる場所はなくならない。


すでに判明している結果について、事実について、争う意味はない。
過去に起きたことは変えられないから。
過去の私の選択は変えられないから。

これまでの各段階で、
すでにされた選択は何だろうか。
それによってなくなった選択肢は何だろうか。
すでにありえない未来、これはつくれない。

ありえる範囲の中で、
いまとはちがう、未来をつくることはできる。
いまとはあまりちがわない、未来をつくることもできる。
なくなった選択肢と、よく似た未来をつくることも出来る。

確実なことは、選択を繰り返すたびに、
ありえる未来の数が減っていくこと。


想像しよう。


未来の私には、
外から、内から
どんな矛盾が突きつけられるだろうか。

もっとも避けたい葛藤は何だろうか。
私にとって最も痛いのは、
誰の、どんな、行動・思考・反応だろうか。


想像はあなたに準備の時間を与える。
それが避けられないとしても。

予想しておけばいい。
出来るだけ具体的に。
ありありと絵にうかぶくらい具体的に。

そのときの自分に向かって、
今のうちに、対策を授けておきなさい。
未来のあなたが、過去の自分に感謝できるように。


大丈夫。
きっとできる。




by albart29 | 2009-11-21 03:12 | まじめな考え事

軍事力と平和 (1)軍はあっても使わない?  

2009年 11月 16日




戦争とは国家による軍事力を利用した破壊行為といえましょう。
戦争が行われていない状態を平和ということができるでしょう。

軍事力がなければ平和でしょうか?
上の定義からはそうなりますね。
軍事力がなければ、戦争をできませんから。
非常に素朴かつ幼稚な考えではありますが、
論理的には真です。

では日本国から軍事力を永久に取り除けば、
この地域(東アジア)は平和であり続けるでしょうか?

いいえ、そうではないですね。
同じ地域の他の国に軍事力がある以上、
それらの国が戦争を行う可能性は残ります。
東アジア全体から軍事力を消滅させねばなりません。

しかし、東アジアは他の地域と接しています。
ですから、世界全体から軍事力を消滅させねばなりません。

しかし、仮に一度、ある時点で、
世界全体の軍事力を取り除いたとしても、
永久にそうであるとはいえません。
再び軍事力を得ることはすぐに出来ます。

そして、国家には目的あるいは目標があり、
それが他の国家と相反する限り、
軍事力を持とうという誘因は常に存在します。

周りが誰も武装せず、
自分だけ武装している場合、
その武力による脅しを背景として、
要求をのませることが可能になるからです。
実際に破壊行為を行わずとも、です。

周辺国家はそれでは困りますから、
自らも武装するでしょう。
そうすれば「脅し」の意味がなくなります。

というわけで、
国家間に目的の衝突があり、
例え一国でも、
軍事力をもって目的を達成しようという国がある限り、
軍事力が世界から永久に消え去ることはありえません。

ですから、
平和を達成するために軍事力を除去しようという考えは、
方法が目的に適っていないといえます。

上記のように、
国家がそれぞれ独立の目的を持っている以上、
軍事力を保持する誘因を取り除く方法は、現状ありません。

しかし、それによって破壊行為を行わない、
つまり、軍事力はもつがそれ使わない、使わせない、
ということは十分にあり得ます。

典型的な例が核兵器ですね。
一発でも命中・炸裂すれば、
攻撃を受けた側にとって許容しがたい破壊となります。
そのため、核兵器を保有する国同士では、
本気の戦争が出来ません。
これまでのところ、実際に、していません。

この事実が今後もそうあり続けるなら、
全ての国家が核兵器を保有すれば、
国家間の本気の破壊行為は出来なくなり、
すなわち、世界から戦争が取り除かれ、
本記事冒頭の定義では、平和になったということが出来ます。
「もしも核兵器が使われたら・・・」という、恐怖付きではありますが。

しかし、このような状況を、
世界の人々は本気で望みはしないでしょう。

であるとすれば、
そもそも軍事力を保有しようという動機をなくすことでしか、
平和は実現できないということになります。

次回はこれを考えようと思います。

by albart29 | 2009-11-16 19:15 | まじめな考え事

戦略なき・・・  

2009年 11月 13日


ここ数日、「事業仕分け」というのが話題ですね。

ニュースで断片的に見聞きしているだけなので、
よく分かっていないかもしれませんが、
うーん、なんだかなーという感じです。

何をするか、しないのかというのは、
実際の活動においては、
もっとも高次の判断を必要とすることです。

そのことに関する事実と知見の粋を集め、
すればどうなる、しないとどうなる、ということを、
可能な限り把握して、
最後は方針決定者の判断で決める。

この方針決定者は、
企業なら経営者でしょうし、
軍であれば司令官でしょう。

そして、国政の場合は、
内閣がそれにあたります。

前段の「すれば、しなければ」にあたる、
事実と知見に関することをあげるのが、
内閣の実働部隊であるところの、公務員でしょう。

さて。

では、今回の「事業仕分け」です。
あれやってる人たちってどういう役割なんでしょうね。

どうも仕組みが、
何でこの人たちが判断するんだろう、
という感じがするのです。

大学の先生、証券会社の方、地方自治体の職員、
企業経営者、コンサルタント、NPOの代表。

ある程度の割合の方は名前を伺ったことがありますし、
さらに何名かはお会いしたこともあります。
それぞれに立派な実績をお持ちなのでしょう。
傾聴に値するご意見をお持ちの方も多いのでしょう。

でも、その事業を「するかどうか」は、最終的には価値観に依存します。

日本政府としては、
どういうことを、他のことよりも、特別大事にしたいのか。
どういうことに、他を差し置いてでも、お金をかけたいのか。

これが価値観、あるいは戦略でしょう。
戦略とは選ぶこと。
選ぶとは、選ばれなかったものを捨てることです。

それをする人をどうやって選ぶかが、
民主国家にとって一番大事なことだと、
その社会的意思決定システムの根底をなすものだと、
私は考えます。

そうするとこの仕組みはどうなのでしょう。
仕分けにあたる方々に、私たちがその選択を任せたのでしょうか。

「仕分け人を選んだのは選挙で選ばれた政治家だ」
ということも、もちろんできますが、
でも、この「事業を選ぶ」という力を、
簡単に任せてしてしまっていいのだろうかと、
非常に疑問に思えます。

その作業が終われば、その仕分けにあたった方々は、
それぞれの仕事場へと戻られるのでしょう。
事業の選択の結果について、責任を問われることはありません。

仕分けのプロセスを、単なる道具として使えるのだとしたら、
(私自身、そのような道具を作ってる者の一人です)それも分かるのですが、
今回の報道をみる限り、
そうとう踏み込んだ価値判断をしているように思えます。
それも、その分野については限りなく素人に近い方さえ。

よい面があるのも分かるのですが、
やっぱり違和感がぬぐえないなぁ。

by albart29 | 2009-11-13 23:41 | まじめな考え事

対等な関係?  

2009年 11月 04日



鳩山総理のおっしゃるところの、
「対等な日米関係」とは、文脈からして、
同盟関係にかんしてのことですよね。

つまり、
世界でも最も重要な軍事同盟のひとつである、
日米安全保障条約にもとづく、
我が国とアメリカ国との関係について、
ですよね。

鳩山総理のおっしゃるところの、
対等とはどういうことを指すのでしょう。

文字通りにとるならば、
お互い、相手に対して同じような義務・権利を負いましょう、
そうなるような仕組みをつくり、ルールを決めましょう。
ということのはずです。

でもこれは軍事の話ですから、
ある意味では、
きわめて技術的な問題です。

どっちも同じことが出来ないと、
上述したような意味での、
対等な関係とはいえないでしょう。

肝心なことで、
アメリカには出来るけど、
日本には出来ない。

そういうことがあったままでは、
アメリカと対等な関係とはいえないですよね。

例えば、
アメリカは日本を守るけど、
日本はアメリカを守らない。
これではいけません。

日本がどこかの国から攻撃を受けた時には、
アメリカ軍が出動し、アメリカ人からなる部隊が戦う。
おそらく戦死者も出るでしょう。

ここでもし対等なら、
アメリカがどこかの国から攻撃を受けた時には、
自衛隊が出動し、日本人からなる部隊が戦う。

そうでなくてはいけません。

さらに!

日本がアメリカと本当に対等であろうとするのなら、
その戦力についても同等でなくてはなりません。

アメリカ軍はこういう武器を持っている。
それなら、自衛隊も、それに類する武器を持っていないと、
アメリカと「対等な関係」にはなれないです。

特にその武器が、
一発持ってるだけで絶大な力になり、
周囲の国々が大慌てするような、
殺傷力・破壊力の高い武器の場合には。

それを、片方が持っていて、
もう片方は持っていないなら、
持ってるほうに脅されたら、おしまいです。
いうことを聞くしかありません。
対等であろうとするなら、
そういう決定的な兵器は、
両方が持っていなければなりません。

以上、「対等」という言葉の意味を私なりに解釈し、
対等な関係とは「何をする」ことかを考えてきました。

その結果を実行するには、
(つまり、対等な関係を実現するには)、
少なくとも、次の3つの行動をする必要があります。

(1)集団的自衛権の行使 (「アメリカが攻められたら日本が守る」)
(2)交戦権の確認 (これは(1)を実行するためです)
(3)核武装 (これは世界最大の核兵器保有国と対等になるため)

わお。

その結果として、
中国に対して単独で軍事的均衡が保てるような装備を、
自衛隊にさせようと。つまりは核戦力を持とうと。
そうすれば自衛隊はアメリカ軍と対等になれますから、
そうか、沖縄のアメリカ軍基地は不要になるんだ。
それであんなにゴネてんだ。

なるほど、鳩山総理は、
実は超・タカ派の政治家だったんですね。名前に似合わず。
ということは、あの「東アジア共同体」っていうのは、
かつての「大東亜共栄圏」のことだったのでしょうか。
東アジア諸国に対して、日本を中軸として経済活動をさせようと。
各国に、日本の傘の下に入るか、中国の軍門に下るか、選ばせようと。

周辺諸国の、国際常識で軍事をみてる人からしたら、
不気味でしょうねぇ、鳩山総理の発言は。
ほんとのところ何考えてるのか、
考えれば考えるほど分からなくなる、
国語のセンター試験の悪問みたいです。

by albart29 | 2009-11-04 20:16 | まじめな考え事

訃報  

2009年 10月 19日



サトウタカシという方を、
このブログの読者の多くは、
ご存じないかと思う。

氏の活動は多岐にわたったので、
「何をしている人」かというのは説明しづらいのだけれど、
私にとっては、
メールマガジン・Ryuzuの発行者。

かつて別名で発行されていたころから、
数年間、購読してきた。

色々な人の色々な「言葉」を、
毎日ふたつずつ、
届けてくれるメールマガジン。
そこにサトウタカシさんの言葉が添えられている。
発行はサトウさんだけでなく、
数名のスタッフの方々が携わっているらしい。

昨日、”重要なお知らせ”と題されたメールが届き、
こんなことは初めてだな、何だろうと思いながら開封して、
わが目を疑った。

10月8日、サトウさんが急逝されたという。

8日から昨日までも、
これまで通りRyuzuは届いていた。

あわてて読み返す。

10月9日発行のRyuzuから、
サトウさんのコメントがない。

普段なら氏のコメントがある場所は、
彼の手になる詞(おそらく歌詞)が掲載されていた。

そのこと自体には気づいていて、
なんとなく、
「最近忙しいのかな、新しいCDつくるって言ってたから、その歌詞かな?」
などと思っていた。

そういうことだったのか・・・

信じられない。

脳出血だという。

これまで何年もメールマガジンを読ませてもらっていて、
なんとなくこれからもこれまで通り続いていくもの、
毎日あるものだと思っていた。
(Ryuzuの発行はスタッフの方が続けるとのこと)


後悔している。

これまで何度となく、
サトウさんはメールマガジン中で、
感想メールを募っていた。

「あなたとつながりたいのです」と。

驚くほどの行動力で、
色々な人に会い、
次々と新しい活動を起ちあげる人。

私の中では、
なんとなくいつか会ってみたい人、
という思いがあって、
それでもなんとなく気遅れする部分があって、
これまで一度も私から送ったことはなかった。


いつかは会いたいな、
と思っていた「いつか」は、
来なかった。




どんなひととも、
いつかは別れることになる。

こっちの「いつか」は、必ず来る。



by albart29 | 2009-10-19 08:17 | まじめな考え事

25%削減の前に  

2009年 10月 16日


鳩山総理の表明以来、
2020年・25%削減 の話題をあちこちで聞きます。

出来るとか出来ないとか、
そんなことしたら国が傾くとか、
家計の負担が大きすぎるとかいやそんなことないとか、
これまでなんもしてこなかったのが悪いとか、
日本よりも他の国が減らすべきだとか、
排出権を買えとか買うなとか、
経済構造全体を作りなおせとか、
技術開発で世界をリードするチャンスだとか。

25%というのは1990年に比べての話。
2005年時点では1990年より7%くらい増えてるはずですから、
現状からは30%減らさなきゃならないのですが、
ちょっと待った。

みなさん、京都議定書のことをお忘れではないでしょうか。
京都議定書の第一約束期間は2008年から2012年まで。
もう始まってます。

そこで日本が「約束」した目標は、
1990年比6%減。
現状(2005年)比なら約12%。

約束期間の真ん中をとって目安にするなら、
2010年(来年です!)にそれを達成しなきゃいけないはずなんですけど、
最近の報道ではあまり取り上げられていないようですね。

鳩山総理もまさかこのことをご存じないわけではないでしょうし、
おそらく何らかの方針なり考えなりはあるのだろうと思います。
京都議定書の約束は達成しないという線で行くのでしょうか。
それともどこかからワンサカ排出権を買ってくるのでしょうか。
それともここ1,2年の経済情勢のおかげで排出が減っているのでしょうか。

もしも京都議定書目標を達成したとしたら、
2012年時点での排出量は現状よりも12%以上少ない。
つまり、
3年間で12%削減。

そのあと、2020年目標のためには、
8年間で、残り18%分を削減。

京都議定書の約束を守るくらい、
「本気」なのであれば、
2020年目標も達成できそうな気がしますが、さて。






by albart29 | 2009-10-16 15:32 | まじめな考え事

総理の英語演説に思う (2)  

2009年 10月 12日


前回の記事で
鳩山総理が国会で行った英語での演説には、
どうも賛成できない、
なぜなら日本語+同時通訳 のほうが、
よりよく内容が伝わるだろうから、
という趣旨のことを書きました。

賛成出来ない理由の二つ目は、
国際社会の中での対等性。

総理は対等な日米関係の構築に努める、
とおっしゃったそうです。

(これだけでも突っ込みどころは沢山ありますが、
 それはまた別の機会に)

対等な国際関係、というのであれば、
そこで使われる言語に関しても対等であるべきです。

ある交渉で使われる言語が、
片方にとっては母国語で、
もう片方にとっては外国語の場合、
圧倒的に前者が有利でしょう。

さらに、言語というのはその国あるいは地域の、
文化の精髄とでもいうべきもの。
「詩とは翻訳によって失われる何かである」
という名言があるくらいです。
自国の文化に誇りを持つのであれば、
(でなければ対等な関係などと言えないと思うのですが)、
当然、自国語にも、誇りなり敬意なりをもって然るべきです。

もっとも私自身、
必要に迫られて英語を使うことはよくあります。
しかしそれは、
そのときに意思疎通をはかりたい相手が日本語を解さず、
共に使える言語が英語しかないため、
やむを得ずそうしているだけです。
どこの国の方であれ、
先方が十分に日本語を使えるのであれば日本語を使います。

また、海外へ出かけたときは、
少なくとも簡単な挨拶くらいは、
そこの国の言語で言うようにしています。
それが、その国を訪問している外国人としての、
マナーであろうと思うからです。
(オランダ語は発音が難しくて苦労しました・・・)

国連総会とは、
すべての参加国が対等に一国一票を持つ場。
世界には多くの文化と言語があり、
いずれの文化・言語も尊重するのであれば、
そしてその中で自国の文化に誇りを持つのであれば、
特定国の言語を、しかもそれが必要でないときに、
ことさらに利用するのはおかしなことです。
特定国にコビを売っているようにも見えます。

また、日本は国際社会の中で、
決して小さな位置ではないでしょう。
良し悪しはともかく、
かつて世界での軍事的覇権を欧米諸国と争い、
今でも、
 経済規模 世界2位  (1位アメリカ、3位中国)
 人口    世界10位 (意外にも人口大国です)
 面積    世界60位 (上位1/3に入っています)
 EEZ(海)  世界6位  (長い海岸線、というのは本当)
 軍事費   世界5位  (4位フランス、6位イギリス)
という大きさの国が国際社会に占める存在感は、
そんなに小さなものではないはずです。
世界の経済、軍事に関して、
その行動には規模相応の影響があるはずです。

そのような大国の指導者が、
必要でないにも関わらず下手な外国語を、
それも「対等な関係」を持とうと考えている相手国の言語を、
使って演説することには、
いち国民として納得できないものがあります。


以上、総理の英語演説に賛成できない理由でした。

by albart29 | 2009-10-12 20:54 | まじめな考え事

Japan cool 臼井氏の逝去によせて  

2009年 09月 21日



「クレヨンしんちゃん」の作者、
臼井氏が登山中の事故により亡くなられたとのこと。

私自身は同作を読んだり見たりしたことは一度もありません。
しかし、外国の方と日本の話をしているときには、
「ドラえもん」「ドラゴンボール」と並んで、
「人気のある日本のアニメ」として話題になることがあります。

ほかに話題になったことがあるのは、

・自動車・二輪車 ・・・トヨタ、日産、ホンダ、スズキ、ヤマハ、カワサキ。
  国によってよく走ってる日本車が違います。インドネシアはトヨタだらけ。
  インドではホンダやスズキ。

・電器製品 ・・・ソニー、Panasonic、Canon
  どこ行っても見かけます。国際空港でもソニーとかCanonのデジカメ、
  必ず売ってます。

・映画 ・・・北野作品、おくりびと
  映画好き、それも芸術性の高い映画を好きな人には、
  日本映画を見てらっしゃる方も。
  この夏にオランダへ行ったときには、おくりびとに感動したという
  ドイツ人の女の子に会いました。

・テレビ番組 ・・・おしん、コメディ、バラエティいろいろ
  「おしん」はアジア各国でほんとに有名。
  僕が「名前は知ってるけど見たことない」というと驚かれます。
  ベトナムでは「おしん」というのは外来語の職業名として認知されていて、
  「子供の世話をしてくれるお手伝いさん」のことを「オシン」というのだそうです。
  コメディ、バラエティもけっこう放映されているようです。

・サッカー ・・・日本代表、中田英寿
  タイの方は日本代表のファンだといってました。
  アジアの代表としてWカップで頑張ってくれ、といわれました。
  ナカタは引退したんだといったら悲しんでいました。

・その他 ・・・資生堂
  来日した中国の女性に、「資生堂のこの商品はどこで買えるか?」と
  写真付きで尋ねられて参りました。買ったことないっちゅうねん。
  後日会ったら無事に手に入れたとのこと。総額3万円くらい買い込んだとのこと。
  中国で大人気らしいですよ、資生堂。私もTSUBAKIだけ使ったことがあります。

こういう話題になったとき、
たいていの方は、「だから日本はすごい」と、
目を輝かさせながら語ってくれます。
アジア各国に限らず、ヨーロッパの方でも、
日本のものにある種のアコガレをもっている方によく出会います。
別に私がすごいわけでは全然ないのですが、
おかげで仲良くなりやすいし、話も盛り上がります。
メーカーetcの方には感謝したいです。

そして。
臼井氏の突然の訃報は、
インターネット上の英語ニュース、Blogでも話題になっていました。

上述のように、見たことも読んだこともありませんが、
世界各国のこども、おとなを楽しませてくれた、
氏に感謝しつつ、ご冥福をお祈りいたします。



by albart29 | 2009-09-21 19:58 | まじめな考え事