気候変動に関連する報道を見聞きしながら、
一応、専門家のハシクレである私としては、
「ちょっとちがうんだけどなあ。」
と感じることが多々あります。
こちらの記事で、温室効果ガス削減対策をとった場合の「家計負担」といわれているものについて、新しい情報が分かったということが書かれています。これは別に「新しい情報」でもなければ、いまになって「分かった」ことでもないのにな、というのが今日のお題。
それによれば、
「日本の2020年の温室効果ガス排出量を国内対策だけで1990年比25%減らす場合、光熱費の上昇を見込んでも、世帯当たりの可処分所得は経済成長などに伴い2005年に比べて76万円増えるとの試算が、前政権による削減中期目標の検討過程でまとめられていたことが18日分かった。」
とのこと。
どういうことかというと、
よく、「25%削減をすると家計負担が年36万円増える」
ということが言われています。
これは中期目標検討委員会の資料によるものです。
この分析をしたのはいくつかの研究機関。
いずれもこの分野の研究について実績のあるところです。
で、「25%削減をすると家計負担が年36万円増える」
ということだけきくと、
「今よりも所得が36万円減る」
「今よりも月3万円、負担が増える」
というように受け取られるのではないでしょうか。
これ、ちがいます。
しかし、文脈から察するに、
上記の記事の記者は、その勘違いをしていたようです。
実際の計算は、
対策をしない場合のGDP ・・・ 21%成長
だとしたら、
そこで対策をしたときのGDP ・・・ 17%成長
になる、というもの。
期間は2005年~2020年の15年間。
で、この記事の趣旨をまとめると、
「麻生総理は36万円の負担としかいってなかったけれど、
実はその場合でも経済成長して、今よりも所得は増えるんだって!」
というもの。
でも、この数字、今年4月にもう出てましたよ。
中期目標検討委員会のHPで公開されてます。ずっと。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tikyuu/kaisai/だから記事でも、
「厳しい地球温暖化対策を取っても可処分所得の伸びが続くことが明確に示されていた。」
と書いています。
「示されていた」
と。
ということは、この記者は、記者会見での発表だけを「聞いて」、
そのときの資産内容をまとめた資料は「読まずに」、
また、その委員会のHPの資料も「読まずに」、いたのでしょう。
だからそのことに気づかずに今までいたのでしょうね。
で、どういう経緯で知ったのかは知りませんが
10月18日になって、つまり、半年たって、ようやく、「わかった」と。
一般の国民が委員会の資料まで逐一あたることは、
時間がかかるだけでなく、専門用語・概念・数値の多さからいっても、
ほとんど不可能といえましょう。
何しろ専門家が専門の研究について書いた資料ですから。
もちろん、私はたまたま業界人なので、読めますし、読みます。
でも、それを専門家でない人には強制できませんし、
私も専門外の委員会資料はほとんど読みませんし、読めません。
ですが、報道にあたる方には、
必要な専門知識を勉強していただき、
このような資料をじっくり読んでいただきたく思うのです。
専門家と一般の国民の間に入るのは報道です。
ほとんどの人は、報道を通じて知ることになります。
報道にあたる方が、半年近く前から「示されていた」ことを、
いまになって「わかった」というのは、怠慢・・・と言っては失礼であれば、
社会に求められている役割を十分に果たしたとはいえないでしょう。
しかもそれは、「わかった」ことによって、
意見が正反対になるかもしれないことです。
温暖化対策の政策として、
「今より36万円減る」
ような政策には反対でも、
「やらないよりは減るけど、それでも今より76万円増える」
のであれば、賛成できるかもしれません。
少なくとも私はそのように考えます。
しかもこの数字は隠されていたわけではなく、
HPで公表され、パブリックコメントの募集までかけられていた資料です。
学部卒業程度の経済学の知識があれば、
その背景も含めて、十分理解できる内容です。
科学、経済学、その他あらゆる学問の研究者は、
通常、専門外の者よりもはるかに多くの知識と技術を有しています。
その知識と技術を政策に生かすために、
このような委員会が開かれるのですが、
最終的には国民の意思によって決められなければなりません。
それが私たちの国のルールです。
であれば、専門外である一般の国民が、
専門家の仕事から、意思決定に必要な情報を理解する必要があります。
そして、失礼ながら、普通、専門家は、その説明が下手です。
大学に通ったことのある方であれば、
研究者である大学の先生の多くが、
専門外の人(学生)に対する説明の技術において、
あまり優秀とは言いがたいことを知っているはずです。
それは当然。
専門の知識というのは細分化された領域の中で、
その領域を徹底的に知り尽くすために、膨大な知識を習得したうえで、
特殊な言語と技術を駆使してようやく得られるもの。
それを日常語に翻訳し、誰もが理解できる形にすることは、
通常の研究の作業とは全く違った技術です。
ですからそこに、報道の方が入る余地あるいは必要があると思うのですが、
それには、専門外たある報道の方のほうから、
専門家のほうへ一度歩み寄っていただかねばなりません。
今回の例でも、おそらく記者さんとしては、
真面目に日々の業務を遂行してらっしゃるのだろうと思います。
それでもこういう間隙が生まれる。
科学と社会をつなぐには、まだまだやることがありそうです。